第四十一夜

もぐもぐもぐと口を口を動かす度に、しゃりしゃりしゃりと音がして、口中に爽やかな柑橘の香りが広がる。
――やはり葉っぱは柑橘類に限る。
そう考えながらひとしきり口を動かし、足下の葉を三分の一ほど食べ終えたところで満足してしばし口を休める。

暇に任せてぐにぐにと、そこだけ白い首を回して辺りを見る。五月の陽に照らされた木は青々と葉を茂らせてはいるが、その幹は頼りないほど細い。
――困ったな。
どうやら私の卵はまだ樹高が三十センチも無い若木の葉に産み付けられたようだ。孵って以来、ついぞ仲間の姿を見たことはないから葉を巡って争いになることはなさそうだが、それにしてもこの葉の量。思うがままに貪っていては食らい尽くして、木を枯らすことにもなりかねない。

もしそうなれば、それは由々しき事態である。何しろ子や孫に食わせる葉が無くなるのは勿論、それ以前に自分自身が十分食えなければ、空きっ腹を抱えて柑橘の木を求めて土の上を這って回らねばならなくなる。近くに木があればよいがそうとは限らぬし、何より土の上は危険が過ぎる。

と、ぶんぶんぶんと羽音がして、思わず首が竦んで身体が硬直する。この羽音は蜂である。見上げると、長い脚をだらりと下げただらしのない蜂が近くの軒下をつついて回っている。梅雨の時期の来る前に、巣を掛けるのに好い場所を探して回っているのだろう。
――私などまだまだ小さい身体で、さして滋養もありません、そもそもこの身体を見れば、ほらこの通りただの鳥の糞でございます、どうか目に付きませんように。

身じろぎもせず我が身の無事を一心に祈るうち、いつの間にやら気を失って眠っていたようである。辺りはいつの間にか夕暮れて、蜂の姿も羽音もしない。どうやら助かったようである。

安心すると揚羽蝶とは現金なもので、寝起きに早速、腹が減ってきた。

もぐもぐもぐと口を口を動かす度に、しゃりしゃりしゃりと音がして、口中に爽やかな柑橘の香りが広がる。
――やはり葉っぱは柑橘類に限る。
そう考えながらひとしきり口を動かし、足下の葉をまた四分の一ほど食べ終えたところで夕陽が雲に隠れて暗くなった。

そんな夢を見た。

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