第四百二夜

 

東海道を箱根に向かって下り始めて小一時間、そろそろ上り坂になってきた。辺りの景色も、何が面白いのか子供の頃に親がテレビで付けていた駅伝で見たのか、どことなく懐かしい。

予約した宿の看板を見付けて受付にスマート・フォンの予約画面を見せると、チェック・インは十五時からだが駐車場は使って良いと言うので車から女を降ろし、荷物は車に残して街で食べ歩きでもと言いながら土産物屋の並ぶ辺りへ向かう。

全くご機嫌な休日だ。何しろ箱根の老舗高級旅館が只なのだから。政府の旅行推奨プログラムを請け負った業者がザルなお陰で、大型の予約を当日にキャンセルしてもポイントが頂けると知り合いから聞いて、善は急げと手を出した。

キャンペーンに乗じた大型社員旅行と偽って、高級ホテルに十人で四泊、計百万超えの予約を入れ、チェック・インの時間にポイントだけを受け取ったのが昨日のことだ。もちろんシステムの不備が知れ渡れば対策されたりポイントを取り消されたりするだろうから、尻の軽くてすぐに都合の付く暇な女を用意して、今日の宿泊だけでポイントを使い切ってしまおうというわけだ。機を見るに敏とはこのことである。

女の尻を撫でながら紅葉の山を背景に美味いものを食って歩き、気付けば日も傾いて冷えてきた。宿に戻ってチェック・インをすると、詐欺対策に予約分の代金を先払いしろという。笑顔でこれに応じポイントで支払うと、仲居が部屋に通してくれる。あれこれ説明を受けて夕食の時間を注文して、それまでに一度風呂に入ることにする。箱根に来て湯を楽しまぬ手はない。浴衣を片手に大浴場の入り口まで二人で歩きながら、三十分、四十五分と入浴時間の交渉をして男女の脱衣場に別れる。

いざ服を脱ぎ用意された風呂桶を持って浴場へ出ると辺りはすっかり暗く、照明の照らす湯気だけが真っ白に浮かび上がってその他は何も見えない。目が慣れれば山の夜景も見えるだろう、山から吹き下ろす風が冷たいところ、他に客も居ないので掛け湯もいらぬかと思い、湯気を頼りに見つけた石組みの湯船へザブリと脚を突っ込む。

ひええと思わず声が出る。冷たいなんてものじゃない、千切れるばかりの氷水だ。ほとんど反射的に脚を引き抜こうとして体制を崩し、床に尻を突いてふと気付く。辺り一面湯気など無く、ただ満月が皓々と照らす山の小川がチロチロと音を立てているばかりだ。

間抜けにも裸で川っぺりに尻を突いたまま、狸だか狐だか知らないが、予約サイトのポイントを何に使うつもりかと、そんなことを考えた。

そんな夢を見た。