第三百九十九夜

 

夕食を終えて一段落付き、便所に立って外が静かなのに気が付いた。

降り続いた秋雨が止んだのだとわかり、居間に戻って妻に数日ぶりのジョギングに出ると宣言する。足元も悪いのにとやんわり止められるが、ここのところ夜といえば雨続きで走れずにいるから、できればこの機を逃したくないのだ。日常生活で使わない筋肉の鈍るのは早いし、折角習慣化したものが失われるのも尚勿体ない。
「だから、こつこつと続けるのがこういうのの秘訣だよ」
と反論しながら着替えを終え、四十分ほどで戻ると言って家を出る。

暫く住宅街を走ると河の土手に整備されたランニング・コースへ出る。土日の昼間ならばグラウンドで野球をする少年や中年、テニスコートの利用者で賑わうのを横目に走れるのだが、この時間では土手の内側は一面の闇で、何処までが岸で何処からが河かさえ見分けが付かぬ。

土手の草むらに潜んでいるのだろう、微かに響く虫の声が近付く毎に鳴り止んでは後方でまた鳴り始めるのを聞きながら暫く走り、土手を降りて自宅へ向かう住宅街の道に戻る。

住宅街を走るのもまた、それなりに楽しみがある。この季節なら秋の草花の鉢や花壇が賑やかで、曲がる角を一つ変えれば景色が変わる。
そうして自宅の最寄りの公園まで戻ってきて、息を整えながら整備体操をしていると、何処からか妙に視線を感じる。体操に合わせて体を捻りながら辺りを窺うと、公園の門柱の上に、緑色の光が二つこちらを向いているのに気が付く。

闇に紛れた黒猫だ。

ポケットからスマートフォンを取り出して構えながら近付くと、迷惑そうな顔をしながらも一向に逃げる気配はない。高い場所にいる猫というのは何故か気の強いもので、写真を撮る分には有り難い。

帰宅して直ぐ、猫好きの妻にスマホを渡して風呂の準備を始めると、
「何も写ってない」
と言う。そんなはずは無いと居間に戻って見せられた画面には、確かに雨の乾ききらぬ石の門柱と、その後ろの背の低い糸杉のうねりとだけが写っていた。

そんな夢を見た。