第三百六十八夜

 

珈琲を淹れ終えて席へ戻り弁当を広げていると、今年の新人がエコ・バッグを提げて隣の席へ戻ってきた。近所のコンビニエンス・ストアで昼食を買ってきたのだろう。

お帰りと一声掛けて、冷凍食品のコロッケを一口。少々甘みが強く自分好みではない、次は別のメーカの商品を試そうと考えながら珈琲で口の中の油を流していると、件の後輩が、
「あっ」
と驚きの声を上げる。何事かと振り向くと、
「すみません、これ、よかったら貰ってくれませんか」
と、まだ割っていない割り箸で、うどんの上に乗った油揚げを指し示し、
「買ったときにはワカメに目が行って、見落としていた」
と不思議な言い訳をする。

貰うのは構わないが、こちらの箸はもう使っているから、
「じゃあその割り箸で」
と言って弁当の蓋を彼に渡すと、彼は一センチ幅に切り揃えられた油揚げを丁寧に摘み上げては弁当の蓋へ乗せ変える。
「油揚げが苦手なの?」
と何のひねりもない質問を投げかける私に、
「ええ、ちょっと」
と彼は言葉を濁す。
「なんでまた?」
と理由を尋ねると、あまり気分のいい話ではないから食事が終わったらにしましょうと返され、しばし黙々と弁当を口に運ぶ。

弁当箱を空にして珈琲のお代わりを汲んで席に戻ると、彼も片付けを終えて水筒の茶を飲んでいたので、改めて油揚げの苦手な理由を尋ねると、彼は眉を顰めながら、
「本当に、気分のいい話ではないんですよ」
と前置きして語り始める。

彼がまだ幼い頃に、何処まで本当なのか或いは全くの作り話なのかわからないが、「お稲荷さんに油揚げをお供えする理由」を、彼の祖父から聞いたという。

昔々、偉い人の料理を作る料理人が誤って鍋をひっくり返し、熱い油を体中に浴びてしまった。偉い人は彼を心配し、部下に命令して大急ぎで綺麗な水と布を用意して冷やす、火傷に効く薬草を用意させ、夜通し手当に当たらせた。

真夜中になり、料理人の苦しみ悶える声もいよいよ弱々しく、もうだめかと思ったところへ医者を名乗る男が現れて、
「私なら、この火傷を綺麗に治してみせる」
と言う。ここまで来たら駄目で元々、藁をも縋る思いでその医者を入れると、
「まずこの、焼けて固くなった皮はもう駄目だから、さっぱり剥がしてやらなきゃいかん」
と言って、料理人の火傷した皮膚を剥ぐ。弱っていた男もこれには地獄の痛みを覚えたか、激しく暴れ、耳を覆いたくなるような叫びを上げる。が、医者は構わず彼を押さえつけてなおも皮を剥ぐ。

その余りの光景に、付き添いで手当をしていた人々が一人二人と席を外し、遂に部屋には料理人と医者の二人きりになり、料理人の悲鳴は小一時間続いた。

悲鳴が収まり、付き添いの者達は恐る恐る部屋を覗くと、そこに医師の姿は無い。全身の皮を剥がれて血塗れの料理人が、既に息を引き取って倒れていた。

陽が昇ってお坊さんが呼ばれ、事の経緯を聞くと、その医者は狐が化けてでたのだろう、狐は火傷をしてがさがさと固くなった人の皮が何よりの好物だと聞いたことがあると言ったという。
「それで、お稲荷さんには似た食感の油揚げをお供えするんだそうです。他で聞いたことがないんで、爺ちゃんに担がれただけとは思うんですが、何となく食感を想像しちゃって、駄目なんですよね」
と新人は眉を顰めて頭を描いた。

そんな夢を見た。