第三百六十五夜

 

仕事帰り、最近やや元気の無い妻に好物のアイスを買って帰宅した。近所での買い物の他はトイレ休憩でだけ車を降りるドライブくらいしか外へ出ていないから、そのストレスを労うという口実で、半分は私が食べたいからである。

戸を空けて玄関に入ると、挽き肉と玉葱を炒める音と香りが聞こえる。台所へアイスの箱を見せに行くと、果たしてトマトの缶詰を脇に鍋の中でしゃもじを踊らせている。

お土産を見せると子供のように喜び、手が離せないから冷凍庫へ入れておいてくれと言う。今朝までの憂い顔は何処へ行ったものかと思いながら洗面所で手を洗い、アルコールで箱を拭いて冷凍庫へ仕舞う。

荷物を片付け、部屋着に着替えて居間に戻ると、麦茶のグラスを持ち、
「今煮込んでるから、十五分くらい待ってね」
と出迎えてくれる。お茶を受け取りながら、
「火を見ていなくていいの?」
と尋ねると、圧力鍋の仕事中だから火は使っていないそうだ。
「ところで、元気になったようで好かった」
と言うと、
「ああ、それであのアイス」
と彼女も合点して、また上機嫌にクスクスと笑う。便秘でも解消したかと問うと、首を振り、
「大した話じゃないんだけれど」
と前置きして語り始める。

テレ・ワークが始まって幾らか経った頃、朝になる度に仕事で使っていたファイルのタイム・スタンプ、つまり最後にそのファイルを触った時刻を示すデータがおかしくなっていることに気が付いた。三日ほど注意して観察していると、どうやら仕事を切り上げた後の深夜零時頃に、その日最後に更新したファイルへ、何者かがアクセスしているらしい。

ネットワーク関連の設定を任されていた社員――小さな会社だから専門の社員がいるわけではないそうだ――に尋ねても、ログの上では特に不正なアクセスは見当たらないと言う。

それならばと思い立ったのが一昨日、仕事とは何の関係もない猫の線画を描き、それらしいファイル名で保存したところ、昨日の朝には見事そのファイルだけのタイム・スタンプが更新されていた。昨日の終業時にも同様にしたところ、今朝はついに、
「どのファイルのタイム・スタンプも更新されてなかったの」
と、妻は勝利のVサインを作ってみせる。
――果たしてそれで問題は解決したのだろうか?
と思うと同時に台所でキッチン・タイマが電子音を立てたので、二人で台所へ向かった。

そんな夢を見た。