第三十六夜
間もなく列車が到着するとのアナウンスが聞こえ、ホームへ続く階段を急いで上ると、祝日の昼食時で人は疎らであった。
二、三人ごとに固まって列車を待つ列ともいえぬ短い列の、手近かなところに目星をつけて後に付くと、右手から絶叫がして思わず振り向く。
隣の列の先頭に灰色のスーツを来た若い女性が線路に背を向けて立ち、背後の黒いパーカにベージュのズボン姿の青年を、怯えたような怒ったような表情で睨みつけている。それを見て漸く、先程の絶叫が「こちらへ来るな」という意味のものであったことが理解される。
青年が首を傾げながら口を開くが、直ぐ近くに迫る列車の走行音に掻き消されて聞き取れない。
と、女性が左回りに身を翻してホームから線路へ飛び降り、周囲の皆が口々に思い思いのことを叫ぼうと口を開いた瞬間、列車が通り重く大きな音が辺りに響く。
周囲の者は互いに顔を見合わせるが、発するに値する言葉は見つからず、列車が停まり扉が開いても、皆その場に立ち尽くすのみ。その脇を事情を知らぬ降車客が訝しげに様子を伺いながら階段へ向かって歩いてゆく。
十数秒が経って、発車を知らせるベルが鳴り扉が閉まると、列車はそのままホームを出る。周囲の皆が、互いの顔色を伺い合い、誰かが乗っていいものだったのかと呟くのが聞こえる。
列車の出ていった線路を恐る恐る覗き込んでも、スーツの女性の痕跡は何一つ無い。
そんな夢を見た。
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