第三百五十七夜

 

友人の経営する山の中のペンションに着くと直ぐ、彼の奥様の手作りというチーズ・ケーキで珈琲を飲みながら簡単な打ち合わせをした。

大型連休を疫病のために棒に振ったから、ここで何とか巻き返すために宣伝のためのウェブ・サイトを更新したい。山小屋の外観、内装、食事、周囲の自然、自分達で写真を撮ってみはしたが、どうも今ひとつしっくりこない。

そこでカメラマンの私に白羽の矢が立ったというわけだ。

こちらも結構仕事に困っている上に、元々この山小屋が気に入って主人と仲良くなったものだから、困った時はお互い様と、それなりの値段で引き受けようとすると、
「プロの仕事は、やっぱりプロの仕事だよ」
と言って、彼の方から値を上げて来た。知ってはいたが、それを隣でにこにこと聞いている奥様も含め、やはり重度のお人好しだ。

それなら早速仕事に取り掛からなければと、ブルーベリィ・ジャムの酸味がよく合うチーズ・ケーキを平らげ、苦味の強い珈琲を飲み干し、
「車からカメラを取ってきます。今のチーズ・ケーキも撮っておけばよかったなぁ」
と席を立つ。
「それなら昼食まで、外の自然を撮りに行きましょう。自慢の景色がいっぱいあるんで、ご案内します」
と彼も席を立ち、連れ立って駐車場へ向かう。

適当なレンズを付けたカメラを首から下げ、幾つかのレンズをポシェットに入れて腰に巻き、残りの機材をペンションの部屋へ運んでから外を周るよう提案する。

彼は快諾し、手を出して良いものなら手伝いますと言うので、多少乱暴に扱っても構わない種類のものを持ってもらい、彼の後に付いて山小屋へ引き返す。

と、玄関前の木製の階段の脇に置かれた飲み物の自動販売機の陰に、ゴム紐のようなものが見える。長さは一メートルほどだろう、肌色で、くるりと数字の6の字を描くように輪を作っている。

一瞬の間を置いて、それがネズミの尻尾に似ていること、しかし、もしそうならあまりに長いことを理解し、それと同時にカメラマンの性として、首から下げたカメラを構えてシャッターを切る。が、腕から提げた荷物の音に驚いたか、ネズミの尻尾らしきものは素早く自販機の下へ飲み込まれてしまった。

振り向いた友人が、
「どうかしましたか」
と問うので、こんなに長いネズミの尻尾のようなものを見たと言うと、
「ああ、クマネズミでしょう。山の中ですから、結構見掛けますよ」
「でも、一メートルもの長さですよ?」
「いや、せいぜいが三十センチですから、二匹いて重なっていたとか、心理的に大きく見えたとかでしょう。ネズミは魚や亀なんかと違って寿命が短いですからね、そんなナントカのヌシみたいなネズミっていうのは、聞いたことがありません」。

そう笑う彼へ、
「確かに見間違いですかな」
と笑い返しながら、プロのカメラマンとしてこの目で見たものへの絶対の自信だけが胸にわだかまった。

そんな夢を見た。

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