第三百四十九夜

 

日の高くなる前に庭の草を毟り、風呂でその汗を流し、さてそろそろ昼食の準備に取り掛かろうかと、蕎麦を茹でるべく鍋に水を張って火に掛けたときのことだ。

ワンワンと二度、犬の鳴くのが聞こえる。隣で飼われている柴犬の花子の声のようだが、どうもいつもと異なる。一つは、妙に声の籠もっている点、もう一つは、声が庭の垣根越しでなく、玄関の方から聞こえる点だ。

後者については、普段散歩に出るのが朝と夕の二度だから、こんな昼前に道路側から声がするのは奇妙だという意味である。

逃げ出しでもしたかと心配になり、コンロの火を消して玄関の戸を引いて顔を出すと、ワンと小さく一度鳴き声がして、花子が脚に縋り付いてくる。

少々驚きながら頭を撫でて落ち着かせようとすると、彼女は口にトートバッグを咥えている。どうやらそれを受け取るよう、私に促しているつもりのようだ。

玄関先にしゃがみ込んでそれを受け取ると、中身は回覧板であった。板に小さな付箋が貼られていて、旦那さんが仕事柄、いつ病気を持ってくるか分からない、犬が新ウィルスに掛かるとは聞かないから、お遣いが出来ないか試してみるとの旨が書かれている。突然そんなことを頼まれて、よく使命を果たしたものだと、花子の首をぐにぐにと揉んでやる。
トートバッグを花子に返すと、彼女は満足気に一鳴きして、小走りで自分の家へ帰っていった。

そんな夢を見た。