第三百十五夜

 

餅を焼きながら簡単な味噌汁を用意していると、寝間着姿の娘が大欠伸をしながら起きてきた。

顔を洗って着替えてこいと伝えると、餅は雑煮に入れずにきな粉をまぶして出してくれとだけ言って洗面所へ姿を消す。

私は食事として甘い物を出されると参ってしまう質なのだが、一体誰に似たのだろう。
キャロット・グラッセの味と匂いとを思い出しながら、新たに鍋に水を張って火に掛け、焼いた餅にきな粉をまぶすための準備始める。すると間もなく寝間着姿の嫁が大欠伸をしながら起きて来る。

顔を洗って着替えてこいと伝えると、安倍川餅が食べたいとだけ言って洗面所へ姿を消す。なるほど妻に似たのかと一人で頷きながら、出汁の味をみて昆布と鰹節を取り出して具を入れる。

入れ替わりに部屋着に着替えた娘が居間へ戻って来、ソファに腰を下ろすとテレビのニュース番組を見ながら髪にブラシを掛け始める。

コンロの火を止めて餅の焼け具合を見ながら、初夢は見たかと尋ねると、
「もう最悪。思い出させないでよ」
と不機嫌にこちらを振り向く。どんな夢かと尋ねると、野球の贔屓球団の目玉選手が、フリー・エージェントで他球団に移籍する夢を見たのだそうだ。
「まだ来年のことだろう」
と笑うと、
「もう今年だけどね」
と頬を膨らませてからテレビへ視線を戻す。

正月二日のほのぼのとしたニュースを聞きながら焼けた餅を鍋の湯に入れてふやかしていると、着替えの済んだ嫁が食事の支度を手伝いに来る。もう殆ど済んだからゆっくりしていてくれと伝えるが、味噌汁の椀と餅用の皿とをコンロの脇に並べてくれる。

表面のふやけた餅にきな粉をまぶしながら、初夢を見たかと尋ねると、不機嫌な顔で娘と同じことを言う。
「親子だと食い物やスポーツの好みだけでなく、夢の中身まで似るのかね」
と言うと、同じ夢を見るなんて偶然とは思えない、きっと予知夢なのだと、二人揃って頬を膨らませた。

そんな夢を見た。

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