第三百五夜

 

気が付くと、青白い蛍光灯の光る白い部屋に仰向けに寝かされていた。

腕には点滴の針が刺さり、ズボンのベルトとボタンとは外されており、顎を引いて体を見ると、初めて見る灰色のトレーナを着せられている。

周囲に人気は無く、妙に寒い。

何が起こったのかを思い出そうとして、以前もこれに似たようなことがあったと、デジャヴを覚え、そして悟る。
――また、飲まされたか。

私は酒が飲めない。酒の席に居て、隣の席からアルコールの匂いがするだけで顔が赤くなり、ウィスキ・ボンボンどころかラム酒で香り付けをしたパウンド・ケーキですら酔って戻す。アルコール・ハラスメントとか、飲酒の強要は命に関わる暴力であるとかの認識は随分広がったと言われるが、世の中にはまだまだ情報の更新が出来ていない者がいるものなのだ。

幸いにして社内の人間はこれを弁えてくれているのだが、社外の人間との酒宴があると、時折こういう事態になる。私が断り、私の同僚達が本気で止めても、人格を否定するような言葉を吐いて飲酒を強要したり、私が小用で席を立った隙に、グラスに酒を混ぜたりする。普通なら匂いで分かるのだが、匂いで酔った状態で、ごく少量のアルコールだけを混ぜられたりすると気付けないこともある。

トレーナは恐らく、同僚の誰かが買ってきてくれたのだろう。察するに、飲み会で着ていたYシャツは吐瀉物で着るに堪えない状態に成ったものと思われる。外套は店の壁に掛けていたから無事だろうが、背広の上着は無事だったのだろうか。

蛍光灯に青白く照らされる高い天井に、濃淡で、老婆が大きく開けいやらしく笑っているかのような模様が見える。まだアルコールが残っているのだろう。きっと幻覚だ。
――それにしても、寒い。
足先どころか太腿の芯まで冷えるのを覚え、腕の針のずれないよう気を配りながら起き上がり、足をリノリウム張りの床へ下ろすと、その冷たさに思わず声が出る。
「あ、気が付きましたか」
という声に続いて戸が引かれ、隙間から同僚が顔を覗かせる。

ここはどこか、酒の席はどうなったかなどの情報を聞き出し、簡単にトレーナの礼をし、迷惑を掛けたと詫びる。悪いのは取引先の誰々だからと、彼は笑って流してくれ、
「それよりも」
と声を潜めて、
「この病院、さっさと出たほうが好いですよ」
と眉根を寄せる。

確かに、こんな寒い部屋にアルコール中毒者といえ昏睡した人間を一人で寝かせておくなんて、ちょっと神経を疑う対応だ。
「それだけじゃないんです。看護師が離れるときに、僕が横で看てるって言ったら、この時間に患者以外の人間を病室に入れて二人きりには出来ないって、無理矢理追い出されたんです」
と憤る彼を、病院側も万一、窃盗なり暴行なりがあったら、その責任を負いたくもなかろうから仕方がないと宥める。
「それを仕方がなさそうに言うんならいいんですけどね。大きな口を開けて、気分の悪くなるような笑顔でいうんだから、気がしれませんよ」。
その言葉を聞いて先程見た幻覚を思い出し、天井を見上げてみたが、白く塗られた天井には染み一つ見つからなかった。

そんな夢を見た。