第三百三夜

 

疲れているのに目が冴えて眠れない。仕事の忙しい時期になると、時々そんな夜がある。

仕方がないので部屋のテレビを付け、音量を絞る。部屋の灯を点けてしまうと余計に目が冴えるというから、画面の光で常夜灯代わりになればそれでいい。

その薄明るい中でグラスと酒とを用意し、グレープフルーツ・ジュースで割り、ちびりと舐める。酒の飲めない体質で、飲めば直ぐに赤くなって眠ってしまう。宴席では面倒だが、こういう夜には便利でもある。半年前に買ったジンの瓶には、まだ半分以上も中身が残っている。

冷蔵庫を開け、タルタル・ソースを作るために置いてあるピクルスを二本取り出し、小皿に盛って卓に置き、見るともなくテレビの画面を眺める。

グラスを傾けると、グレープフルーツの酸味と苦味とがアルコールの舌を刺すのを誤魔化す感触が広がる。特に美味いとも思わないが、好きな人は好きなのだろうと想像は出来る。

画面の中で、胡散臭い男が派手な格好をした男に紹介されている。画面の四隅にテロップで示された文字を見るに、この男は自称超能力者で、テレビの前の視聴者をタイム・スリップさせるために念だか暗示だかを送るのだそうだ。

ピクルスを齧り、グラスをちびちびと傾けながら、画面の中で繰り広げられる手品を眺める。コインやカードを操る手付きとカメラ・ワークは見事なもので、滑らかな進行振りに感心する。

いよいよタイム・スリップの番だと言って、男の顔がアップになる。その前で手をくねらせながら唸るのだが、そんな画面を見ていても何の面白みもない。用を足しに立ち上がって便所へ向かう。

今時「超能力者」という肩書もなかなか凄まじいが、生放送でもあるまいに、放送電波に乗せて念を送るというのも面白い。映像も音声も、パソコンなり何なりで素人が容易に合成できるようになったこの令和ともなると、オカルトはこれくらい割り切った方が却って面白い物が作れるのかもしれない。

早速酔いの回った頭でそんな事を考えながら部屋へ戻ると、コマーシャル映像が流れていた。間の悪いところで席を立ったかと思いつつ、グラスにわずかに残った酒を空ける。そろそろ眠るのに十分酔えているだろう。

電源を切ろうとリモコンを手にしたところで、ちょうど画面が番組に戻る。

が、何か可怪しい。

胡散臭い男が派手な格好をした男に紹介され、続いてコインやカードを使った手品を披露する。

――なるほど、そういうことか。
タイム・スリップをしたかどうかはわからないが、番組の尺は上手く稼げたようだ。

そんな夢を見た。