第二百八十一夜

 

休日の午前十時、高校の最寄り駅への到着を知らせるアナウンスを聞いて座席を立つ。

毎日の登下校もこれくらいゆったりとした車内ならどれほどいいかと思いながら開いたドアをくぐると、残暑の熱気が顔に吹き付けてくる。

ホームの階段を降りる人もまばらで、制服姿の者もスーツ姿の者もほとんどいない。運動系の部活動ならもっと早い時間に学校へ向かっているし、帰りはもっと遅いだろう。

街路樹や建物の日陰を選びながら学校へ着くと、運動部が賑やかに練習をしている。幾人かがこちらに気付き、中途半端な時間にやって来た不審な人物をしばし見詰め、余所見をするなと叱られる。

昇降口で上靴に履き替えて事務室へ向かい、生徒手帳と引き換えに生物室の鍵を受け取って、三階まで階段を上る。つい数年前に建て替えられた校舎の階段は横幅も広く、手摺は華奢な鉄骨を並べたもので、すっきりと清潔で明るく見える。階段というと暗い印象の物が多く、それを嫌ったものかと理解はできる。が、年頃の女子としては見通しの良いこの階段は手放しで喜べるものでもない。

鍵を開けて生物室へ入り、窓辺の水槽へ近づくと、水面がピチピチと音を立て、メダカ達が餌をねだる。毎週の日曜と祝日、生物部員は一人づつ交代で彼等に餌をやり、日誌を付けることになっているのだ。本当は一日くらい餌をやらなくても平気なのだが、こういう面倒な手続きやら日誌やらを持ち回りで担当するのが、大学その他の研究で役に立つ、というのが部活の顧問の言い分だった。

忙しなく水面の餌を突くメダカを眺める視界の隅に、何か見慣れぬ黄色いものが映って違和感を覚える。

水槽の置かれた窓の外、校舎に囲まれた中庭に、幼稚園児の着るような、小さな黄色いレインコートが落ちていた。

そんな夢を見た。

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