第百八十一夜

 

事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪を襟足で一つに縛った女性が入ってくる。

仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含め、視覚的にも聴覚的にも「五月蝿い」という印象が実に勿体無い。以前、服装と化粧と発声方法をもっと素朴にすれば人当たりが良くなるだろうと余計なことを言って、私のために化粧をしているわけではないと叱られた覚えがある。
「ほら、見て下さい」
と大声とともに彼女が差し出したのは、コンクリート製の足場の上で手摺を背にピース・サインをする三人の若者の写真だった。
「君が写したの?」
と義務的な世間話として無難と思われる質問をする私に、これは彼女のバイト先の客の一人が話の種にとスマート・フォンで見せたのをわざわざ拝借し、仕事中にコンビニエンス・ストアへ行ってまでプリント・アウトしたもので、彼女が直接関わっているわけではないと説明する。もっとよく見ろと、何故か自信有りげな笑みを湛えながら踏ん反り返る彼女の言葉に漸くピンときて、私は写真を左上から右下まで、スキャナが画像を読み込むようにじっくりと写真を精査する。

彼女は私に心霊写真めいたものを持って来ては私に例の存在を認めろと迫る習性を持っていて、二ヶ月に一度程度はこうして仕事もないのに私の前に顔を出す。彼女の試みはこれまでのところ一度も成果を挙げておらず、毎度私がカラクリを説明しては彼女が頬を膨らませて帰るのである。
「特に、何も」。

野球帽を被り、竿とクーラ・ボックスを抱えた青年を真ん中に仲良く肩を組んで笑う三人の姿が、足元のデッキ・シューズから背後の僅かな砂浜まで、縦長の構図で写っている。夜釣りの記念写真なのだろう。浜の先に広がっているだろう海は一面ぬめりとした黒で塗り潰されていて、空との境も闇の中だ。フラッシュで人物を中心に撮った写真だから仕方がない。寄りかかっている手摺は右下へ伸び、恐らく浜へ降りる階段に繋がっているのだろう。足元には大小の穴と小石が散見され、コンクリートが潮風に傷んでいる様子がフラッシュに照らし出されている一方、三人の上には艶のある真っ暗な空が広がっているばかりで、雲や星と思しき影は一つもない。細かなところまで注意深く見たつもりだが、奇妙なところは特に無い、ごくありふれた夜釣りの一コマである。ただ気になる点があるとすれば、
「上下の余白がそれぞれ五分の一くらいあるのは引き過ぎだね」。

が、私の言葉を聞いた彼女はやれやれと芝居がかった仕方で首を振り、堤防が右下へ下る辺りを指し、
「ほら、この壁の向こう側……左目だけ出した人の顔がこっちを見てるでしょ。後ろの浜に立っても、こんなところに届くはず無いのに……」
と震えた声を出す。派手な装飾の施された爪の示す辺りを見ると、階段に沿って下って行くコンクリートの向こう側から、ぼんやりと輪郭のぼけた白っぽい円形の右上の四分の一ほどがのぞいている。
その中央やや上側に黒っぽい点、それを囲む薄い三日月形の輪郭があり、まあ生気のない人の顔のように見えなくもない。が、これは恐らく下の砂浜に落ちていた、バレー・ボールか何かだろう。そこに近所の中学校の名前でも書いてあって、それが影と相まって目のように見えのだ。ボール自体は浜の少し奥の方にあって、たまたまカメラと階段を結ぶ延長上に写ったのだろう。カメラと被写体が遠いほど、被写体同士の奥行きが実際よりも狭く見えることを圧縮効果という。メインの男性達に焦点が合っているから、当然奥にあったボールはぼける。だから輪郭がはっきりしないし、書いてある文字や縫い目もぼんやりして、目のように見えなくもないように写ったのだろう。

そういうカラクリを丁寧に説明してやるうちに、彼女の頬が膨んでその持ち主が不機嫌であると主張し始めたため、
「実際に当時の浜にバレー・ボールがあったかどうかは分からなし、バレー・ボールで同じような写真を撮ることはできても、今更当時の検証はしようもないけどね」
と慰めると彼女はいつもより一オクターブ高い声で、
「やっぱり霊の存在は否定できないんですね」
と、ふんぞり返る。

だからといって何の証明にもなっていないのだけれどと言おうとして、余計なことであると思い留まる。

そんな夢を見た。