第二百四十四夜
墓場での宴会が終わり、日の出間近の紫色の空の下、同居人である後輩を連れて鎮守の森を歩く。このルートだと住処までは十分程余計に掛かるが、できるだけ人通りの少ない道を歩きたいのでそこは我慢する。
「お酒を飲んでかく汗って、ベトベトしますネ!早く帰って水浴びシたいのに、何で遠回りシマスか?」
と、遠回りの原因が後ろから、呂律の回らぬ甘えたような声を掛けてくる。
「アンタがナンパされるからでしょ」
と、緩やかなウェーブの掛かった赤髪の女を振り返る。ヘソの上までしか丈のないTシャツにデニムのホット・パンツ、それも明らかにサイズが小さすぎてはちきれそうな服装は少々季節外れだが、繁華街にはよく似合う。夜明け前でも酔い潰れた女の子を待ち伏せている男共には格好の標的だ。
「えー。センパイだってショッチュウ、ナンパされてるでショ?」
「仕事のときだけね」。
街中でも猫の姿をしていれば割と自由に出歩けるので、オフにトラブルを起こすことは余り無い。草花を育てている庭に近寄らぬようにしていれば、大抵の人間が向けてくるのは敵意や害意ではなくスマート・フォンくらいのものだ。
「ニホンにも、野良カンガルーがいればワタシも目立たなくて済むのに……」
「アンタもせめて、ワラビーだったら目立たなかったのにね」。
彼女の本性は、三味線の皮としてオーストラリアから輸入されてきたアカカンガルーの妖怪だ。メスのアカカンガルーは青みがかった灰色の体毛のはずなのだが、何故か彼女の頭髪は赤毛である。曰く、オシャレのつもりらしい。何にせよ、体長一メートルのカンガルーが日本の街中をうろついていたら、どこかの動物園から脱走でもしたのだろうと大捕物になるのは目に見えている。
森の隅で野良猫と出くわし、一言二言挨拶をして別れる。要領悪く捕まって去勢されたり耳を三角に切られたり、彼らもそれなりに大変だそうだ。
森を抜けて公園に出ると、空は大分白んでいた。
「センパイ、お昼になったら、動物園に行きマショウ!」
という後輩の我儘に多少付き合ってやるのも、三味線の皮の先輩としての務めか。
酒が抜けたらと約束し、猫の姿になって彼女の腹の袋に潜り込んで、
「代わりに家までよろしくね」
というと、彼女は小さくイエスと言って拳を握り、ぴょんと跳ねて走り出した。
そんな夢を見た。
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