第二百三十九夜

 

台所の背後にある扉を引き開けると、右手に鏡付きの洗面台、正面にカーテン付きのバスタブ、左手に便器が配置されている。私の借りている部屋のユニット・バスのそれとは配置が異なり違和感を覚えながらズボンの前を開けて用を足す。

最終電車を逃した私を泊めてくれるというので、初めて先輩の学生向けアパートを訪ねた。先輩が風呂を沸かして入ったらさっさと寝るぞと言うので、湯の張り終わる前に用を足させてもらった。

振り返って手を洗いながらふと湯船を見ると、蛇口から出る湯に一匹のアヒルのゴム人形がゆらゆらと踊りながら浮かんでいる。空手と山登りが趣味の厳つい男の風呂には何とも不釣り合いで、思わず頬が緩む。

部屋に戻ってアヒルの玩具が好きなのかと、からかい半分に尋ねると、
「あれなぁ……」
と、思いの外沈んだ声で、気にするなとだけ言う。気にするなと言われれば気になるのが人の性で、是非聞かせろと食い下がると、
「面白い話ならやぶさかでないんだが……」
と前置きをして、
「このアパート自体、学生向けで安いんだけど、この部屋だけは更に半額だったんだ。不動産屋に聞くと、アレを風呂桶から出すなというのが条件でな」
「なんでそんな?」
「それが、不動産屋も知らないんだそうだ。ただ、大家がどうしてもそうしてくれと言って聞かないんだと」。

流石に不審に思い、カメラでも仕込まれているのではとも思ったが、指で押せば恙無く潰れてピィピィと鳴く。何の不自由がある訳でもないので、そのまま借りて今に至るのだと言って、二人で首を傾げた。

そんな夢を見た。