第二百二十六夜

 

語学の授業が終わった後、ここのところ元気のなかった友人から、学食で昼食でもどうかと誘われてついて行くことにした。

暫く前には引っ越しをしたいが費用がないと嘆いと言ってやけに暗い顔をしていたのだが、今日の彼女はすっかり明るく柔らかな表情をして、学食へ向かう足取りも軽い。

遂に引っ越しの目処が立ったのか、それとも何か別の好いことでもあったのかと尋ねると、
「わかる?」
と、惣菜用のトングを開閉して音を立てる。

お会計を済ませて席につくと、
「実はもう引っ越しをする必要がなくなったの。だから、浮いた分でちょっと得した気分」
と、鬱ぎ込んでいたのが嘘のようにケラケラと笑う。詳しく話を聞いてみると、実は借りているアパートに、幽霊が出るのだという。
「幽霊って言っても、目で見える訳ではないんだけどね。誰も居ないのに玄関の方で足音がしたり、トイレの水が勝手に流れたり」
「それで、この前は参ってたのね」
「うん、年明けぐらいから急に。誰かに恨まれてるのかなぁ」
という言葉とは裏腹に、表情は明るい。

それで、引っ越しの必要が無くなったということは、もう怪現象は収まったのかと尋ねると、まだ数日に一回は起きているという。

それなのに、どうして引っ越す必要が無くなったのか、事情の飲み込めぬ私に、彼女は自分だけが知る野良猫の住処を友人に打ち明ける小学生のように、その秘密を打ち明けてくれた。
「サークルの先輩に相談したら、好きなものは無いかって言うのね。で、甘いものって」
と、私のトレイの上のプリンを指差す。言われてみれば、彼女のトレイに甘いものは無い。
「でも……?」
彼女も私と同様それがどう幽霊騒ぎと繋がるのかと疑問に思ったという。その先輩曰く、
「これから、夜のデザートを我慢すること。但し、幽霊が出たときだけは解禁」。

それで、彼女は幽霊の出るのをすっかり楽しみに待つようになったのだと。

そんな夢を見た。

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