第百九十一夜

 

玄関先に立って二人の女声を相手に、もう三十分も押し問答を繰り返している。

通信販売で買った荷物の指定した時刻に一致していたため、呼び鈴を押されて不用心に玄関を開けてしまったために宗教勧誘を受けているのだ。

後で嫌がらせを受けるのではと思うと恐ろしいので、できる限り丁寧な対応で、しかし判然と拒否の意を示し続ける。

漸く年配女性が諦めて踵を返したとき、後ろに控えていた線の細く若い女性が初めて遠慮勝ちに口を開く。
「あの、仕事場の机の抽斗に刃物が入ってますよね」。

刃物と言われて記憶を探ると、確かに思い当たる物はある。
「できるだけ早く処分して下さい。人の血を吸ったことがあるでしょう?持っていると良くないことが……」
と言い募るが、適当にあしらってドアを締めて施錠する。

確かに、会社のデスクの抽斗には肥後守が入っている。小学生の時分に皆が買わされたもので、勉強に疲れたらそれで鉛筆を削るのが習慣になっている。少しずつ木を削りながら集中力が回復する、ルーティーンのようなものだ。

再び呼び鈴が鳴り、今度こそ宅配かと用心して玄関へ向かいながら考える。

使い慣れぬ頃に一度だけ人差し指の皮を薄く切ったことがあるから、人の血を吸ったことがあると言えなくもないが、その程度のことはどんな包丁にだってあるだろう。人に見えぬものを見る力などあるはずがないのだ。

そんな夢を見た。