第百七十夜

 

今日は盆休みの初日だから、朝食後の珈琲を普段よりゆっくりと味わえる。デザートに甘ものをつまみながら妻と他愛ない会話をしていると、小学二年生の息子がようやく起きてきたので、夏休みだからといってだらけていては新学期に起きられなくなると注意をする。が、彼は柳に風と受け流し、
「お父さんはいつまで休みなの?」
と問う。話を逸らすなと叱ると、夏休みの宿題で親の仕事について来いと言われているのだというので、
「今週いっぱいだよ」
と答えざるを得ない。

それを聞いた彼は、
「どうして一週間なの?」
と重ねて問う。それは世間一般でそうなっているから、などと言っても彼の年では納得しかねるだろう。仕方がないのでそれなりの理屈を説明してやることにする。
「お父さんの仕事は覚えているかい?」
「うん。大きな釜でお湯を沸かすお仕事でしょう」
「そうだ」
と答えながら、息子が以前した話をちゃんと覚えているのを意外に思うと共に少々嬉しくなる。
「じゃあ、小さなカップに淹れた珈琲と、大きなお風呂に沸かしたお湯と、どっちが先に冷めるかわかるかい?」
と尋ねると、
「お風呂は一時間くらいしてもまだ温いけど、珈琲は冷たくなる」
と誇らしげに答える。
「そうだ。お父さんの沸かしているお湯はお風呂よりもっともっと大きな釜を使っているから、火を止めても三日三晩、誰も近付けないんだよ。だけど、安全のためには定期的に故障がないかを調べなきゃいけないし、もしあれば修理しなきゃいけない。だから、点検のために火を消して、冷めるのを待って丸三日。それから点検と修理をして早くて二日。また火を入れてから仕事ができる温度に戻るのにも丸一日はかかる。だから、余裕を持って一週間のお休みなんだ」。

それを聞いた彼はいかにも納得したというように何度も頷いた後、
「大きな釜が必要になるくらい、悪いニンゲンがいっぱいいるお陰で、お父さんは長い休みを貰えるんだね」
と言うと、妻が横から、
「もっと悪人が増えたら、もっと長い休みがもらえるのにね」
と言って、三人で笑いあった。

そんな夢を見た。

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