第百六十八夜
木枝に羽根を休めながら、辺りのクヌギの幹に集る甲虫達を品定めしていると、里の方からクマザサの揺れる音がする。イノシシでも来たかと振り向いてみれば人間の若い女である。里山の森へ僅かに漏れる月明かりを艷やかに照り返す黒髪は、暗い森でよく目立つ。
こんな時間にこんなところで一体何をしているものかと気になって見ていると、少し歩いて屈み込み、藪を掻き分けて首を突っ込む。しばらくそのままガサガサとやっていたかと思うと、身を起こして頭を垂れ、深くため息を吐いて隣の藪へフラフラと歩き、また屈み込んで同じことをする。夜なお蒸し暑い森に汗をかいた額やうなじに長い髪が張り付こうとも、その髪や顔に蜘蛛の巣の絡みつこうとも、一向払う素振りも見せぬ。
女の変わらぬ様子に興味を失い食事に戻る。
後から樹液へやってきたカブトに押しのけられたコガネが幹から飛び立つ。すかさず枝を蹴って追いかけ一呑みにし、また枝へ戻って次の獲物を物色する。
そんな夜の食事を幾度も繰り返すあいだ中、女は女で飽きもせず同じことを繰り返していたが、ついに谷川の岸に近い森の終わりまで、藪を探り尽くたようだ。
森の端まで来て川を目にした女は手頃な幹に体を預け、小さく、しかし透き通った嗚咽を上げる。折り重なった下草へ女の黒い瞳からしずくがほろほろと垂れ、葉の上で玉の露となる。
夜が明けて女の姿のなくなった川岸にを朝日が照らすと、ハナイカダの葉の上に黒黒と艷やかな丸い実が輝いていた。
そんな夢を見た。
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