第百六十五夜

 

台風の接近で電車が止まったため、定時を回ると社内で小規模な宴会が開かれることになった。

多くが電車通勤であったし、自転車や自動車の連中からも皆が社に泊まるならと言って居残ると言い出す者があって、社長命令で定時を早め、食料確保の口実で酒席に必要なものが揃えられたのが午後四時過ぎであった。

酒宴に一区切りついた午後七時過ぎには電車も一部復旧したとの報せがあったが、一部のものは社で揃えた防災セットの寝袋の試験運用だと言って社内泊を選択した。

雨は弱まったとはいえまだまだ吹き返しの風の強い中を、酒を飲んだために自転車を押して帰るのも面倒で、私も寝袋テストに参加することにした。

夜も深くなってそろそろ寝るかと、歯を磨きにトイレへ向かって薄暗い廊下を歩く。入り口へ着いた私を歓迎するように、トイレ内の照明が点灯する。センサ式になったお陰で省エネルギ効果が期待できるだけでなく、手動スイッチに触れなくて済むので感染症の広がりを抑える効果まであるそうだ。

そんな話を思い出しながら、独り洗面台の前に立って歯ブラシを咥え、横の壁に酔って火照った体を預ける。タイルに体温が吸収されてゆくのが心地よい。そのまま目を閉じ、丁寧に歯を磨く。

すると、奥の個室から水を流す音が響き、続いて私の横を通って人の出て行く気配があった。
――おや、先客が居たか。

特に声も掛けられなかったが、歯を磨いている横で個室に居たというのはバツが悪いのだろう。こちらもどうせ口がふさがって返事もできないから、非礼を咎める気も起きない。

一通り満足にブラシをかけ終え、目を開けて口を濯いでトイレを出ると、背後で照明が消えた。

そういえば、私が入るまでトイレは暗かった。

そんな夢を見た。