第百五十九夜

第百五十九夜

客が出ていったのを見計らって押し入れから出、分厚い樫の一枚板の卓の前の座布団の下を探って、平べったい板を取り出す。

昨日から宿泊している夫婦の、旦那のものを忘れて行かせたのである。何やら写真を撮ったり、それを「そーしゃる・ねっとわーく」上の知り合いと「しぇあ」したりできるらしい。二人はこれを「すまほ」とか呼んでいたか。

今日半日だけ旦那には不便をしてもらうことにはなるが、奥様も似たようなものを持っていたからさほどでもなかろうし、不便の分は幸福なってもらうことで埋め合わせよう。

見様見真似で「すまほ」に付いた出っ張りをあちらこちら押していると、板の一面がぱっと明るくなって、奥様の顔写真が表示される。これがこの「すまほ」で撮った写真だろうか。早く自分の写真を撮りたいと気が逸る。

が、どう触っても画面はぷるぷると震えるばかりである。口を尖らせながらよく見ると、「ロックを解除して下さい」とある。しかし、どこを見ても錠も鍵穴も見当たらない。有りもしない錠を外せとは理不尽なと憤りながら画面を撫でていると画面が切り替わった。よくわからないが運がいいのだろう。こちとら伊達に長いこと座敷わらしをやっていないのであると、意味もなく誇らしい気分になる。

ずらりと四角い絵が並ぶ中に、カメラの形を模したものがあるので触ってみると、画面に足元の畳が映る。おお、やった。

部屋に置かれた年代物の三面鏡を開いて顔を映し、「すまほ」を構えて写真を撮る。が、これがなかなか難しい。鏡に映った顔と、それを撮った写真のイメージがなかなか合わない。撮っては消し、撮っては消しと十分ほどかけて、漸くそれなりの写真が撮れた。

さて、折角よく撮れた写真である。できれば昔馴染み達と「しぇあ」したいのだが、方法が見当もつかない。再び唇を尖らせながらじっと「すまほ」を握って睨んでいると、指の触れている画面に「シェアする」の文字が表示される。おお、やはり運がいい。

ここまで来たらしめたものである。昔馴染みの目に触れるためにはどうしたらいいかは、宿泊客たちの会話から分かっている。とにかく「いいね」とか「しぇあ」されまくればいいらしい。そうすると、それをした者の友達もその写真を共有し、それがまたその友達に共有されて、どんどん広がって行くのだそうだ。
――皆さんはじめまして、座敷わらしです。始めて自撮りしてみました。幸せになりたい方はうちの旅館にお越しいただくか、「いいね」・「しぇあ」をお願いします。

写真にそう文言を付けて投稿する。幸せになりたくない人間など居ないだろうから、これでどんどん共有されるに違いない。

期待に胸を膨らませつつ「すまほ」を座布団の下に戻し、軽やかな足取りで外へ散歩に出た。

そんな夢を見た。