第百五十六夜

 

沢の脇の山道は、梅雨に入り色を濃くした木々の葉に覆われて、低い雲の下に延々と薄暗く濡れてくねくねと登っている。

季節毎に表情を変えるその道を、私は子供の時分からほとんど毎日通って学校へ行き帰りし、仕事へ行き帰りし続けている。例外は大学へ通うのに上京した四年だけだ。
馬力のない軽トラックでの往復のももう十年になるが、沢の景色は日替わりで飽きるということがない。

そんな沢に、地元の者は決して近付かぬ滝がある。滝の脇にはいかにも腰を掛けるのに良い塩梅の平らな岩が突き出している。滝壺から暫く深く流れの早い瀬が続き、森の切れ目から刺さる陽光の育む苔目当ての川魚が集まる。だが、そこで釣りや水遊びをするのは外からの観光客だけである。

そんな話を、東京からの客人である同乗者にすると、彼はどうしてかと首を捻る。

「ほら、あそこがその滝です」。
ハンドルから一瞬だけ手を離して私の指す先を見て、彼は、
「白髪の爺さんが釣りをしていますね、こんな平日に。リタイアした観光客ですかね、地元の方は近づかないんでしょう?」
と驚きつつ、
「私も定年後は趣味に生きてみたいものです」
とため息を吐く。
「あの爺さんね、私が子供の時からいるんですよ」
「へえ、確かに見事な白髪ですものね。結構なお年なんですか?」
「さあ。どうでしょうか」
「ああ、地元の方じゃないんでしたね」
「当時から毎日ずっと、ああですから。だから、地元の者はあそこに近付かんのです」。

そんな夢を見た。