第百三十四夜

 

 トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、これ、プレゼント!」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。
 細いフォークで刺した苺に生クリームをからめながら、
「は?『鏡を使った魔術・降霊術』……?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「ほらほら、この間、男の子から、『鏡に相談しろ』って言われたって」
ポニーテイルの少女はいつもの抹茶クリームと白玉をスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。
「ああ、あれね。本当に失礼な奴だよね……」
「え?そうなの?」。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
「アドバイスをくれたんだから、親切な人なんじゃないの?それも鏡なんて古典的な魔術を勧めてくるなんて、私と同じオカルト趣味っぽいし」
ポニーテイルの少女の問い掛けに、ベリーショートの少女は細い棒状の堅焼きビスケットを咥えたまま首を左右に振って否定を示す。苺の酸味と生クリームの甘さとコクに、ビスケットの食感を少しずつ加える実験の最中のようだ。
 そっけない態度にもめげず、ポニーテイルの少女は忙しく手と口とを動かしながら、プレゼントの内容を解説し始める。
「まず大きく二つ、『自分に作用させるもの』と『他人に作用させるもの』に分かれててね、『他人に……』の方は人権的な観点からあまりお勧めしないけど……」
「あのね……」
ビスケットを消費し終えたベリーショートの少女が相手の言葉を遮って、
「『鏡と相談しろ』って言うのはね、お前みたいな不細工は相手にしない、身の程というか、顔の程度を知れって意味なの」
と、疲れた顔で慣用句の説明をする。

それを聞いたポニーテイルの少女はもともと大きな目を更に大きく丸く見開いてから、眉根を寄せ、眼尻を釣り上げる。
「お化粧も無しにこんな綺麗な子をつかまえて不細工とか信じられない!というか、年頃の女の子に言う台詞じゃないよね!」
と高声を上げるのを、両手を広げて落ち着かせ周囲の客に頭を下げるベリーショートの少女に、今度は低く抑えた声で、
「乙女の恋心を口汚く踏みにじった男に人権なんてないよね。ならお勧めの魔術があるの」
と、ポニーテイルを小刻みに揺らしながら本のページをめくった。

そんな夢を見た。

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