第百三十三夜

 

助手席で釣り竿がクーラ・ボックスにぶつかりカタカタと音を立てるのを聞きながら車を走らせていると、前方で青い野球帽を被った老爺がこちらに手を振っているのが見えた。

朝マヅメもとうに過ぎた昼下がり、何を急ぐ訳でもない気ままな独りの釣り旅だから、人との出会いはむしろ望むところである。

ゆっくりと車を停めて助手席の窓を開けると、彼は眩しそうに額に手を当てながら、
「釣りへ行きなさるか?」
と助手席の竿を指す。肯定すると、
「この先真っ直ぐ行くと浜に出るでな……」
と、釣りに向いたポイントを教えてくれる。しかし私は、
「実は、このあたりに静かな入り江があると友人に聞きまして……」
今日はそこで釣るつもりだった。
「ご存知ありませんか?」
と言うが早いか、彼は日に焼けたしわくちゃの手を顔の前で振って、
「いやいや、浦はやめときなされ。ご友人もだ」
とやや語気を強める。

呆気にとられて、
「はあ」
と間の抜けた返事を返す私に、老爺は軽く謝罪を述べ、
「いや、あの浦は神さんのものとされてましてな。地元の者でも、決められた祭りの時期に、供物を漁る以外にあそこで殺生はいかんということになっているんですわ。仏の顔は三度と言うが、神さんはどうだか、兎に角あんまり阿漕にやると、取り殺されるとも言うもんで」
少し使い方が気になって、
「阿漕に?」
と思わず繰り返すと、
「ええ、何度もしつこいと、いかんのです」
という。

私は老爺にポイントと浦の言い伝えの礼を言い、友人にも浦へは行かぬよう伝えることを約束してアクセルを踏み、老爺に教わったポイントへ向かうことにした。

そんな夢を見た。