第百三十二夜

 

最寄り駅を出て繁華街を抜けると、夏の風鈴の音も、秋の虫の音もない春の夜の住宅街は途端に暗く静かになる。

車の通らぬ裏道の交差点へ差し掛かると、不意に背筋に悪寒が走る。数年前に事故が起き、それをきっかけに信号機の設置された、見通しの悪い交差点だった。

ここでそういう事故のあったことを思い出すと、毎日無意識に行き来する交差点が、途端に薄気味悪く見える。

海風に湿気て生暖かい風を首筋に感じながら歩くと、妙に背後が気になる。住宅街は相変わらず静かで、自分の靴が舗装路を踏む足音以外には何の音もない。にも関わらず、交差点からこっち、一定の距離を保ちながら背後を付いてくる気配と、その気配からの視線を感じる。

嫌なことを思い出したことによる気のせいだと自分に言い聞かせながら自宅へ歩く。

アパートの玄関が見えてくる。その傍らに喪服姿の男が立って、こちらを見ている。
――前門の狼、後門の虎。

背後の気配に追いつかれるような気がして、歩みを止める気にはならないが、かと言って喪服の男の横を通って帰宅するのも気が向かぬ。ここは周囲を一周回ってみて、背後の気配が消えるか、男が居なくなるのを期待するべきか。

そう思って帰宅を中断し、アパートの入口を通り過ぎようとしたとき、
「何故、お帰りにならないのですか?」
と男が呟く。心臓が撥ねたが、目を合わせる度胸もなく、そのまま歩き続ける。と、背後から、
「大丈夫、有史以来、誰一人として二度死んだことのあるものは居ないのです」
と聞こえた。

そんな夢を見た。