第百三十夜
入学式後のホーム・ルームを終えて教室を出て行こうとする担任を呼び止めると、
「何か?」
と言って振り返る。昨年、私の入学当初の自己紹介で「下の息子が就職して肩の荷が下りた」と言っていた割に肌も髪も綺麗で若々しく見える。
「えっと……」
妙なことを尋ねるのに気兼ねしつつ、
「新入生の並んで座るパイプ椅子の列なんですけど……」
最後列の右から三つが空席になっていた。それを見て、去年の自分の入学式でも同じように三つの空席が有って、綺麗に横並びに欠席者が出たのか、あるは詰めて座って余りがでたのかと違和感を覚えたのを思い出した。
「……でも、二年連続でそんな偶然って、ちょっと変だなと思って……」
と言うと彼女は、
「あれ、うちの学校のおまじないなの」
とちょっと困った顔をする。
「おまじない?」
とオウム返しに尋ねる私に、彼女は荷物を教卓に下ろし、
「私も先輩の先生に聞いた話なんだけどね」
と断ってから語り始めた。
半世紀以上前にこの学校が創立した当初、生徒が亡くなる事件や事故が散発的に続いた。
学校内で亡くなった生徒は一人もいなかったものの気味は悪いし、妙な噂が立って学校の評判が落ちても困る。
そこで近くの神社から神職を招いてお祓いをしてもらったところ、入学式のときに三人、架空の生徒をお迎えしてはどうかと提案された。
馬鹿馬鹿しいとは思いながらもそれに従い、入学式では毎年、架空の三人のために三つの空席を設けることにした。すると不思議なことに、その学年からは一人の死者も出なくなった。
もちろん、ただの偶然かも知れない。が、一度始めてしまうと、今度は止めればまた死者が出るのではと恐れるようになる。
「そういうわけで、以来ずっと入学式には三人の席が用意してあるんですって」。
そんな夢を見た。
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