第六百九夜

 

冷たく乾いた風によく晴れた日差しの暖かさを感じながら洗濯物を干していると、居間のテーブルの上でスマート・フォンが着信音を鳴らし始めた。

物干し竿へ最後のシャツを掛け終えて急いで部屋に戻ると職場の大先輩のご婦人からで、通話を始めるなり彼女の声がやけに暗い。清々しく柔らかな日差しの休日の朝に何を陰気なと思いつつ何の用かと尋ねると、彼女は別の部署に所属している同期の友人の名前を挙げ、連絡先を教えて欲しいと言う。

彼女は私の部署の大先輩で、部署の違う友人とはほとんど接点がない。必要なら彼に確認を取って折り返すが、彼にどんな用事があるのか尋ねると、今日のうちに彼が命を落とすかもしれないと言う。

耳を疑う私に電話越しに彼女の説明するには、彼女には子供の頃から不思議な力が有るそうだ。

曰く、就寝中に金縛りに遭った際、枕元に人が立つと、その人物が急死するのだと言う。夢枕に立つのはきまって身の回りの人間なのだが、小学生の頃の通学路で横断歩道の見守りボランティアをしていた男性だったり、中学校の隣のクラスの担任だったり、大学の学食の職員だったりと、顔は見知っているけれども特に親しくもない間柄だそうだ。そして、これまでそうやって夢枕に立った人は皆、その日のうちに訃報を知ることになってきたのだという。

半ば呆れながら、そんなものはただの偶然だろう、予知能力のようなものがあってたまるかと思いつつ、職場の人間関係を思えば真っ向から否定するわけにもいかない。少々頭を悩ませて、
「これから死ぬかもしれない人間にそれを告げて、彼に何か得るものがあるんでしょうか」
と、どうにか遠回りな断り文句を捻り出す。

すると彼女は涙声で、
「でもね、今回は初めて夢枕の相手にそれを教えてあげられるチャンスなの。知らせてあげられたら、何か変わるかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなくて……」
と訴えるのだった。

そんな夢を見た。

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