第三百三十五夜

 

ガサゴソと周囲が騒がしくて目を覚ますと、カーキ色のドーム型の天井が目に入る。寝惚けた目を擦ろうと動かした腕が寝袋に阻まれて、昨日からキャンプに来ていたのを思い出す。

もぞもぞと動いた私に気付いた姉が、早く起きて寝袋と銀マットを畳むように言う。その横で寝袋の空気を抜いていた男の子が、おはようと言うので返事をする。

ウイルス騒動で基本的に外出が禁じられた子供達が可哀想だということで、父のアウトドア仲間の三家族で、昨日の朝からキャンプに来ているのだった。

寝袋を抜け出て寒さに首を竦める私へ姉がダウン・ジャケットを羽織らせながら、今日の予定を説明する。今日は朝食を食べて少しだけ遊び、昼までに帰宅できるようにキャンプ場を出るそうだ。私がそれを聞きながら寝袋を丸める間に、姉は私のマットを丸め終わっていた。

荷物を畳み終えた男の子二人がテントから出て行くのを見届けてから、姉は寝汗で体が冷えるといけないから着替えるよう私に指示してテントを出る。

少々寒いのを我慢して着替えると肌に触れたときにはすっかり冷えていたシャツもすぐに温まり、寝袋から這い出たときとは一転してテントの中が暖かい気さえしてくるから不思議なものだ。

そうしてテントを出ると、母親陣と姉、姉と同学年のお姉さんが五人がかりで朝食の準備をしていた。おはようの挨拶をしながら手伝いに行くと、人手は足りているからと、男性陣に交じって朝の散歩に行けと言われ、渋々父の手を取る。母親達が朝食を作る間、子供達に邪魔をさせないようにという要望で、七時になるまで二十分ほど子供の相手をしていてくれということらしい。

案内板を見ながら大人たちがコースを話し合う。遊歩道には二種類のコースが有った。キャンプ場の東側から川辺りへ降りるところまでは共通で、川を上流へ上ってから森へ入ってキャンプ場の北へ戻るコースが約十分、川を下ってから森を登ってキャンプ場の南へ戻るコースが約三十分掛かると書いてある。大人の足でのことだろうから、短い方を子供に合わせて歩けばちょうど二十分くらいだろう。そんな簡単な会議の結果、北側のコース皆で歩き始める。

間もなく道の先に小川が現れ、川面や道端の花を見ながら坂道を登る。時折響く鳥の声に父の友人がその持ち主の名を言い当てると、もう一人の友人は花の名前を教えてくれる。父は魚ばかりが得意だから今は教え合いに参加できないが、それでも笑顔で歩いている。きっと昨日の釣りの時間のうちに、知識を十分に披露したのだろう。

川岸を離れて森に入ったところで、
「しまった。もう二十分たっている。のんびりし過ぎたな」
と、久し振りに父が口を開く。それを聞いて皆が自分の、あるいは自分の父親の、七時を指す腕時計を確認し、お母さん達に怒られるとはしゃぎながら足場の悪い中を急ぐ。

やがて空を覆う枝々がまばらになり、開けたキャンプ場へ戻ると、
「あら、まだ五分も経ってないのに、息を切らしてどうしたの?」
と母が咎めるように言う。父親組も子供達も、皆でそんなはずはない、時計だって確かめたと言って腕時計を見せるが、先程確かに七時を指していたはずの時計は、まだ六時四十五分を少し過ぎたばかりだった。

そんな夢を見た。

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