第八十八夜   稲刈りを終えても、冬支度に追われる村の秋は忙しい。それでも「雨の日くらいは相手をしろ」と庄屋様に呼ばれ、濡れ縁に腰掛けて碁を打っていた。なにしろ立派な屋敷で軒が深い作りなものだから、少々の秋湿り […]
第八十七夜   友人の別荘をお暇して暗い山道を下っていると、頭の上で大きく両手を振るヘルメット姿の人影をヘッド・ライトが照らし出した。細いジーンズに包まれた腰回りからして、どうも女性のようだ。 慌ててスピードを […]
第八十六夜   秋の夜道は街灯に照らされてなお足元が暗く、それでも重くダブつくスカートは自転車を飛ばすのには向いていない。ズボンを穿いてくればよかったと後悔する。塾で居残り勉強を命じられ帰宅が遅くなってしまった […]
第八十五夜   朝の列車というのは不思議な空間である。 一定の空間内に限界まで人が密集していながら皆が周囲に無関心であり、気力の充実しているといないとに関わらず、精々が情報集や勉強をする程度で、出来る限りエネル […]
第八十一夜   いつもの公園のいつものベンチに腰を下ろし、冷凍食品を詰め込んだだけの小さな弁当箱を膝に載せて噴水を眺める。 久し振りの秋晴れの昼休みに味わう、ささやかな贅沢である。 小さな弁当箱はすぐに空になる […]
第八十三夜   終電を最寄り駅で降りると、疲れきった頭と身体は習慣に引き摺られて半ば無意識に改札を出て家路を辿る。 駅前のロータリーを抜けて交差点を斜めに渡ると、そのまま公園へ入る。律儀に公園の周囲を周るより中 […]
第八十二夜   トルコ人の友人がケバブの屋台を手伝えと連絡をしてきたのは昨夜のことだった。気温の急変にやられて風邪を引いた相棒の代わりに、接客だけしてくれればというので軽い気持ちで引き受けた。 朝から秋葉原、上 […]
第八十一夜   引っ越しの荷物を積んだ車に乗り込む両親を見送って、弟の手を引きアパートの部屋に戻るのは今日二度目だった。幼い弟は引っ越しにおいては戦力外、と言うよりは寧ろ足手纏であり、私も力仕事の役には立たない […]
第八十夜   深夜の自動改札を抜けて階段を昇ると、まるで人気の無いホームに出た。 普段は最終電車で帰るのだが、その場合ホームはもう少し賑やかだ。今日は少し早めに仕事を切り上げた分まだ数本の電車が残っているはずだ […]
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