第七十九夜

 

遂にこの日が来たのだ。

檻の中のマウスの背中を見た私は、一切の誇張なしに全身を震わせ助手たちの目も憚らず感涙を流した。

必死に学問を修めて、不妊治療の世界で夜に認められ、万能細胞の技術を学び、中国のベンチャ企業で遺伝子編集技術を身に付け、苦節三十年の夢が遂に叶ったのである。これを喜ぶのに何を憚ることがあろうか。

部下たちが私の異変に気付き、マウスの背に我々の共通の夢が実現したのを悟ったのだろう、口々に私の名を呼びながら駆け寄って来る。

檻の戸を開けてマウスを掴み彼らの前に捧げるようにして示すと、ある者は拳を振り上げ、あるものは絶叫し、互いに肩を叩き合った。

私の手の上で鼻を動かしているマウスの背には、私の耳から取り出した幹細胞を元に耳介軟骨を形成させた。

従来は特殊なプラスチックで耳型に形成した軟骨細胞をマウスの体内で融合させるとともに、プラスチックを体内で溶かす技術であったが、これは違う。マウスには実際に私の耳の軟骨の一部を移植し、そこに培養した私の幹細胞を一定時間ごとに注射したが、これは途中からは不要であった。そして、免疫を抑制されたマウスの体内で少しずつ傷が癒えるように、私の耳が再生したのだ。

全く生命は神秘である。身体の細胞は遺伝子に指示された通り、必要に応じて細胞が分裂し、余分なものはアポトーシスによって死に、胃の細胞は胃の細胞に、皮膚の細胞は皮膚に成長する。これによって今回、全く外部からの物理的な圧力無しに耳を形成することが出来た。

が、それだけではない。

私の耳の軟骨は、実はゲノムを編集した上で作った幹細胞を培養して作った軟骨細胞を培養したものだ。

助手の一人、背の低い女性の研究員が、私の手の中のマウスの背の耳の、尖った先を優しく撫でながら、
「遂に、エルフが生まれるんですね」
と目に涙を浮かべて私を見上げる。
「ああ」。
私は何度も頷き返す。

人工授精前の卵子のゲノムを編集し、人工授精して母体に着床させる。これで、産まれてくる子供の耳は鋭く天を指す美しいエルフ耳になる。

次の世代、その子が父となり母となる場合には、もう人工授精は不要である。私の見つけたエルフ耳の形質は優性遺伝なので、次々にエルフ耳の子供が生まれるだろう。

この研究室に集った同士達の夢が叶う日が、遂に来たのだ。

そんな夢を見た。