第百三十五夜

 
冬眠でなまった身体を沼のほとりで一頻り動かした後、叢で羽虫のランチ・タイムと洒落込んでいたところ、
「おい、蛙」
と竜女様からお呼びがかかって祠へ伺う。

恭しく頭を下げて
「ここに」
と申し上げると、
「面を上げい」
と仰る。見れば相も変わらず美しくも艶めかしい白い肌の蛇が、赤い瞳でこちらを見下ろしている。
「贄が来ん」
と、これも相変わらずの不機嫌な声で仰る。
「はて、姫様には先程、オオクチバスとブルーギルを手配した筈ですが」
「阿呆、人間の贄じゃ」
「それは、私もまだ冬眠から醒めたばかりで、もう暫くお待ちを戴かないと……」
「わかっておる。急かしただけじゃ」
と、鎌首をぷいと他所へお向けになる。その白い横顔へ、言い訳を申し上げてみる。

白羽の矢も、電話になり、電子メールになり、便利になったようで不便なものでして。気軽に使える公衆電話はどんどん減っていますし、携帯電話も暴力団対策だとかで、身分のハッキリしない我々では契約できません。インターネット・カフェからフリーのメール・サービスを使って「白羽の矢メール」を送るしか無いのですが、これも中学校あたりでインターネット・リテラシーの授業が広まったお陰でどうにも引っかかる者がすっかり減りました。今ではこちらの受信ボックスの方が、人間の詐欺師共のスパム・メールで一杯になる有様です。

竜女様は長く赤い舌をお巻きになり、
「お主の苦労は分かっておる。じゃがな、折角の春なのじゃ。桜の散らぬうちに娘らと遊びたいのじゃ。最近のカラオケ屋やプリント・シールの置いてあるゲーム・センターは凄いんじゃ。あれやこれやと沢山の衣装を貸し出しておってな、去年の秋口に撮ったのが確か……」
と、竜女様のコスプレ・プリントシールのコレクションを拝見しながら、自慢とも愚痴とも説教とも付かぬお言葉を矢のように浴びて過ごすこととなった。

そんな夢を見た。

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