第百二十六夜

 

吊革に体重を預け、花粉症でムズムズする鼻を我慢しながら書類に目を通していると、スーツ姿の中年男と若い女が並んで電車に乗り込んできた。

電車が動き出すと、その会話で上司と部下らしいことがわかる。

数駅過ぎて書類を仕舞ったところ、二人も仕事の話に一区切り付いたのか、女が窓外を眺めながら、
「ところで、やっぱり匂いって大事なんですかね」
と問う。
「そりゃあ、嫌な匂いがするよりは良い香りのほうがいいだろう」
「それはそうでしょうけど、無臭じゃ駄目なんですかね。私は余り嗅覚に重きを置かないというか、興味が薄くて」
「いやいや、男はやっぱり、ほのかに香る甘い匂いに弱いもんだよ、うん。もちろん、匂いが強すぎるのも下品でよろしくないが」
「ああ、それならなんとなくわかります。男女が関係あるかどうかは別として」
やや棘のある言い方に、中年男が謝罪する。
「色はどうですか?やっぱり白いほうがいいんでしょうか」
「それはそうだろう。色が白くて柔らかに香る……」
と言い募る男の声を、
「あ、見えなくなっちゃいましたね」
と女が遮る。男が狐につままれたように女を振り向くと、
「梅の花、キレイでしたね」
と女が微笑む。男は、
「あ、ああ、そうね。匂いの強い花っていうのは大体が夜に咲く花でね、虫を集めるのに派手な花弁や花粉の色を使えないから、匂いで虫を集めるんだそうだ……」

ウンチクを語りながら、男は額の汗を拭った。

そんな夢を見た。