第百一夜

 

買い出しから帰ると、妹が馬面になっていた。

と言っても、極端に面長になっていたという意味ではない。文字通り、首から上が馬のものになっていたのである。クリスマス用にパーティ・グッズでも買ってきてからかっているのかと思ったが、そうではないと必死で訴える。

私が買い出しに出ている間、炬燵にノートPCを置き、持ち帰りの仕事に掛かっていたという。しばらくして呼び鈴が鳴るが、私なら鍵は持って出たか、そうでないなら開け放しだから呼び鈴を鳴らすはずがない。荷物が多すぎて手が空かないというような事情も考え得るが、そうだとしてもいよいよ困れば携帯電話で連絡をしてくるだろう。通信販売をした覚えもないから、特に宅配便の来るような予定も無い。結局、居留守を使って仕事を続けることにしたそうだ。

ところが、これがしつこい。一度鳴らしては三十秒か一分か様子を見て、また鳴らす。これを十度は繰り返したか、これでは仕事に集中出来ないと終に折れ、文句を言うつもりでインターフォンに出た。画面には灰色の髪と髭もとを伸び放題に伸ばした小汚い老爺が映って喉が渇いたやらと言う。それを途中で遮り「迷惑だ」と言い放ってインターフォンを切って炬燵に戻ったところ、暗くなったPCの画面に馬の顔が映ったのだという。
 「どうしよう」と取り乱す妹の首の滑らかな毛並みを撫でながらドウドウとなだめるが、どうしたらこの頭が治るのか皆目見当もつかない。そうこうするうち、
ピンポーン
と呼び鈴がなった。インターフォンの画面を見れば、話に聞いたような薄汚れた老人が映っている。妹へ目配せして確認させると長い鼻面を幾度も上下に振って肯定する仕草をするので、どうやら件の老人に間違いない。
「あの、先程のご老人ですか?」
と問うが、
「喉が渇いてしようがない、水を一杯いただけませぬか」
と、こちらの問いを無視する。
「先程は妹が失礼いたしました。お水を差し上げたら、妹を元に戻していただけますか?」
と下手に出てみても、返事は同じであった。

意を決してグラスに水を注いで玄関へ行く。チェイン・ロックを掛けてから玄関のドアを小さく開き、その隙間からグラスを差し出す。と、垢じみて黄色い爪の伸びた手がそれを掴み、
「これで妹さんの尻を叩いてやりなされ」
と言って、赤と白の斜めに縞模様になった小さなステッキをドアの隙間から差し込んできた。礼を言ってそれを受け取り、グラスは差し上げますと言ってドアを閉めて施錠する。

居間から様子を窺っていた妹がそそくさと出てきて尻を向けるのでステッキで叩いてやると、ポンと白い煙が立って狭い廊下の視界を奪う。咳き込みながら手を払って煙が晴れると、そこには全身が馬と化した妹が四つ足で佇みながら、大きく潤んだ目で私の顔を見つめていた。

なるほど、老爺は尻を叩けば治るとは言わなかった。

そんな夢を見た。