第四百四十三夜

 

棚の下からせっせと本を取り出して並べているお姉さんの忙しなさに少々引け目を感じながら、済みませんと声を掛けると、彼女は即座に作業を中断し、ハイと返事をしてこちらを振り返った。
その目の色から彼女の大きなマスクの下に柔らかな笑みが透けるようで安心して、それでも尚、
「あの、最新巻が棚に無くて、在庫があるのかお尋ねしたいのですが」
という滅多に使う機会のない敬語は上擦った高い声になってしまい、耳も顔も真っ赤に熱くなってゆくのを感じる。
お姉さんは変わらずマスクの下の笑顔で、
「少々お待ち下さい」
と、デニム・パンツのお尻のポケットから小さなタブレットを取り出して、私に作家とシリーズの名前を尋ねて操作を始める。実際に棚を見なくても、端末から在庫の確認が出来るのだろう。
春休みの間、昼の面倒が見られないからと母の実家に預けられて三日目の午前中、買い物に行くという祖父母に同行して本屋にやって来た。
こちらへ来る前に、何処へ出かけることも出来ずに退屈だろうからと母からお小遣いを貰って本を買いに行って、好きな作家の新シリーズが気付かぬうちに三巻まで発売されているのを見付けた。ただ、母から支給された軍資金では残念ながら二冊までしか買えず、そうして持参したその二冊ももう読み終えてしまっていた。機能まで炬燵に入って熱心に読書をしていた私が今日は暇そうにテレビを眺めるのを見た祖父の方から食糧の買い出しのついでに本を買ってくれると言い出して、私を連れてきてくれたのだった。
それならまずは三巻目を早く読みたい、そう思って棚を探したのだが、残念ながら二巻目までしか見当たらず、お姉さんを頼ることにしたのだが、
「あれ?」
と、お姉さんが少し大袈裟に首を傾げてこちらを振り返り、
「ええと、そのシリーズなのですけれど、まだ二巻までしか出ていないようです。三巻目の発売日も未定で、予約も未だ受け付けていません」
と頭を下げる。
そんなはずは無い。地元の本屋で三冊並んでいるのを間違いなく手に取った。裏表紙の値段を暗算して、わずかに手持ちが不足して落胆したのだ。
が、見ず知らずのお姉さんに抗弁する度胸も無く、自分の勘違いで手間を取らせて申し訳ないと頭を下げ、
「その代わりというか、似たような作品でオススメの本があったら教えて頂けませんか」
と問うと、お姉さんは目を輝かせて立ち上がり、他にどんな作家が好きか、あの作家のあのシリーズは読んだかと矢継ぎ早に尋ねながら、女性向けジュヴナイルの棚に向かって歩き出した。
そんな夢を見た。