第三百十三夜

 

「単身赴任先から新幹線で戻って来たところでして」
「それでこの荷物ですか」
「ええ、ちょっと遅れましたが、クリスマスのプレゼントなんかも入っているもので」
そんな世間話をしながら、運転手と二人がかりで大きな旅行鞄を二つ、トランクへ積み込んで車に乗り込む。自宅の住所を告げてシートに背を預けると、どっと体が重くなる。運転手が助手席の背に取り付けられた画面を指差す。
「特に渋滞も無いようなので、四十分も掛からずに着きますね」
「電車だと、普通ならもっと早いんですがね。あの荷物を持って高低差のある構内をあちこち歩き回って乗り換えてですからね。流石に諦めました」
「いや、この仕事だから言うわけじゃありませんけど、実際、賢明なご判断と思いますよ」。

そんな遣り取りをしながらぼんやりと窓外に流れる景色を見ていると、神田を少し過ぎた辺りで、歩道の向こうに黒い御影石の棒と看板とが嵌め込まれたような建物が目に入った。
「何かの碑があったようですが……」
と口にして、江戸の街に碑の多いのは当たり前、何のことかなど分かりそうもないと断念する。が、運転手は素早く、
「ああ、この辺りなら於玉ヶ池の碑でしょう」
と言い、片手で何やら無線の辺りを操作する。

程無く助手席の背の画面に、先ほど見かけた碑の写真が映る。便利な世の中になったものだ。
「なかなか不思議なお話でしょう?」
と運転手が評するのは、この於玉ヶ池の由来の話だ。

江戸の頃、ここには桜ヶ池と呼ばれる池があり、近くの茶屋にお玉と言う看板娘がいた。あるとき彼女に惚れた男が現れて、彼女もこれに惚れたのだが、そこへもう一人、彼女に惚れた男が現れる。只の横恋慕と思うなかれ、何とこの男が、初めの男と容姿も性格も瓜二つ、双子よりも似た赤の他人だったという。

ただ心根がそっくりというなら容姿の好み、容姿がそっくりというなら性格の好みで選べば良いのだが、どちらもそっくり同じとあっては選ぶべくもない。あみだくじでも何でも頼ってどちらか片方を選んでしまえというわけにもいかぬ。選ばれなかった方が阿弥陀様の思し召しと納得するものか。

思い悩んだお玉は終に桜ヶ池へ身を投げて、可哀想に思った皆がお玉稲荷を祀って弔い、池の名も於玉ヶ池と呼ばれるようになったという。
「今となってはその池も皆、埋め立てられてしまいましたけれどね」
と、運転手がミラー越しにこちらを見た。

そんな夢を見た。

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