第四百四十四夜

 

春休みの間預けられた母方の実家で勉強部屋としてあてがわれた部屋にて、今日も春休みの課題の日割り分を終えて時計を見るとぼちぼち祖母が昼食の準備を始める頃合いだった。

手伝いをしに下へ降りようと部屋の戸を開けると、階下から三味線の音が聞こえてくる。居間に入ると祖母が椅子に腰掛けながら三味線を弾いていたが、私を振り向いてその手を止める。

その姿を始めて見たと言うと祖母は、子供の頃に習って以来ずっと触っていなかったのだが最近になってまた道具を揃えて弾き始めた、というのも、
「何しろ外に出るのも不安でしょう。呆けの予防に指先を動かすのもいいかと思って」
と笑う。感心する私に、
「そろそろお昼の準備をするから、お手伝いして下さる?」
と言った祖母が三味線を片付けようとすると、
「なー」
と掃き出し窓の外から猫の長く鳴く声がする。

声に釣られて目を向けると、網戸の向こうに大きな茶虎がお行儀よく前足を揃えて座り、祖母の顔を見上げている。祖母は、
「もう少し聴きたいみたいね、ちょっとだけ待って下さる?」
と再び撥を手に取ると、
「野良だと思うんだけれど、お稽古をしていると聴きに来てくれるの。おばあちゃんのファン一号よ」
と微笑んで譜本を捲った。

そんな夢を見た。

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